アリスズc


「追いつかれないものだな」

 テルは、微かに後方を振り返っていた。

 出発のずれは、たった半日。

 その半日というものは、わずかなアクシデントひとつで、楽に追いつけるようなものだ。

 いまのところ、テルの旅路は順調ではあったが、さして急いでいるわけでもない。

 追いつかれることがあったとしても、おかしくはなかった。

「ああ…あちらは、文官役が私よりひ弱そうでしたからね」

 ヤイクは、またも気軽に言葉に毒を混ぜた。

 肉体的な弱さの話をしてはいるのだろうが、能力的な弱さの話も匂ってくるのだ。

 ハレは、並みいる貴族の取り巻きの中から、学術肌の男を選んだ。

 目は確かな兄に選ばれたのだから、何なりと才能のある男なのだろう。

 だが、その才能の方向は、ヤイクが認めるものではなかったようだ。

「ただ…若いですからね、彼らはみんな。追いつかれるかもしれませんね」

 まだ二十代のくせに、ヤイクは肩をそびやかす。

 そして。

 よりにもよって、視線をエンチェルクに流すのだ。

 彼女は、そんな視線の挑発に乗ることもなく、完全に無視している。

 第一。

 エンチェルクは、確かに年は上だが、日々身体を鍛えていたのだ。

 これまで、彼女のせいで旅路が遅れたことなどない。

 それどころか、夜にきっちり休みたがるのは、誰あろうヤイクなのだ。

 ただ、年で一番高いエンチェルクの神経を、逆なでしたかっただけだろう。

 彼は、どうしてこれほど彼女につっかかるのか。

 ウメの側で、二人とも働いていたのだ。

 その間に、ヤイクは彼女を挑発し、エンチェルクは彼を無視するという構図が出来上がったのだろう。

 しかも、その挑発はいつも回りくどい。

 決して、エンチェルクに語りかけることはなく、他のことを話しているようで、彼女につっかかっていくのだ。

 そういえば。

 ふと、テルは思考をある一点で止めた。

 エンチェルクを女性の従者に。

 そう提案してきたのは──ヤイクだった。