アリスズc


「もう旅支度は終わったの?」

 桃が訪れたのは──母の部屋だった。

 母。

 いや、山本梅を前に、桃は深々と頭を下げた。

「今度の旅から戻りましたら……私を弟子入りさせていただけませんでしょうか」

 子供の頃から、母は母だった。

 勉強は教えられたが、それは決して度の過ぎたものではない。

 母の持つ知識の全てを、桃に継がせようという気はなかったのだろう。

 事実、当時の彼女も継ぐ気など、これっぽっちもなかった。

 遠い先のことなど何も考えられず、いまあるものをこの両手で掴むだけで精一杯だったのだ。

 ここにきてようやく、桃はじっくり腰を据えて、母の知識を学びたいと思った。

 学ぶために学ぶのではない。

 使うために学ぶのだ。

 旅で、多くのものを見た。

 それらの願いや希望を、叶える方法を模索するために、桃には知識が必要だと思ったのだ。

 国のため。

 それもある。

 しかし。

 ロジアがしようとした町のためでもなく、もっと小さなひとりひとりのためであれば、自分にも何か出来る気がしたのだ。

 そのための知識を、母から得たいと思った。

 そして──旅をするのだ。

 知識を、どう使うのが一番良いのか。

 それを知るために。

 学び、旅をし、そして作り出す。

 丈夫な身体と頭があれば、そのふたつを練り合わせることが出来るではないか。

 伯母は、旅に出た。

 母は、動かずに学んだ。

 そして。

 桃は。

 一つしかない身で、ふたつを併せた道を選んだのだ。

「私は、学術都市で暮らすことにします……いつでもいらっしゃい」

 そんな貪欲な桃の目に──山本梅は、挑戦的な瞳を向け返した。