アリスズc

∞「そろそろ……父の元に帰ろうと思っている」

 桃の周辺で回り続ける人の心の流れが、またひとつくるくると弧を描く。

 エインだった。

 意見の合わないところもあった。

 だが、弟としてではなく、テイタッドレックの後継ぎとして、自分を支えてくれたのだと思った。

 最後まで、彼は自分を姉とは見てくれなかったようだが。

 本当は、学術都市の完成まで、都にいてほしかった。

 だが、この大がかりな事業は、すぐに完成するようなものではない。

 まず、中心部が作られてスタートし、外側へ拡充させていく予定で、最終的には十年ほどかかるのではないかと言われている。

 町を作るということは、そういうことなのだ。

「そう……寂しくなるね」

 みんな、それぞれの道を進み始めている。

 弟も、都での生活で、随分と変わった気がした。

 きっと、父の跡を継いでよい領主になるだろう。

「それで、ひとつ提案があるんだが……」

 そんな寂しさなど、エインは気にもしないように話を続ける。

 別れとはうって変わった強い口調に、桃は引っ張られるように彼を見上げた。

「一緒に……父のところまで旅をしないか?」

 意外な、提案だった。

 だが、そのまっすぐな瞳は、本気だった。

「元々、前の旅で父と会っていなければ、改めてうちに来るつもりだっただろう? それなら、私が戻るのと一緒に会いに来ればいい」

 エインは、父の名をぷらんと桃の前にぶらさげる。

 彼女の心を震わす、父への憧れ。

 それを、彼はちゃんと知っているのだ。

 前に、エインに叱られたことを思い出す。

 テイタッドレックに甘えない母と桃。

 それは、男の側としてはつらいことなのだと告げられた。

 会いに行くことが、父への甘えとなるのならば。

 一度くらい、甘えることが父への孝行になるのかもしれない。

「そうね……それもいいかもね」

 彼女も、これまで何度か旅立った。

 そしてまた、新しい旅を始めることは出来るではないか。

 桃は、この愛に溢れる中で──贅沢な寂しさを覚えるほど自由なのだから。