アリスズc


 最近、ビッテのヤイクに対する表情が険しい。

 昔から話の合う二人ではなかったが、性格のねじれたヤイクを、旅の間で彼なりに信頼するに至っていたはずだ。

 だが、ここしばらく不信に近い目を向けている気がした。

「何かしたか?」

 ビッテの同席しない、政治的な話が終わった後、テルはヤイクに問いかけた。

 直接本人に聞いたところで、テルに言うべきことでないと判断される可能性があったのだ。

 もし、テルに報告すべきだと思っていることなら、最初から黙っているような性格ではないからだ。

 一方、ヤイクときたら。

「ああ……取るに足らないことですよ」

 人の悪い、毒の舌を閃かせるのだ。

 そんな取るに足らないことに、ビッテがこだわっているのだと言わんばかりに。

「私が、女を騙して弄んでいるとでも思っているのでしょう」

 彼の鼻先を掠める空気は、くだらないと言わんばかり。

 女?

 テルは、怪訝を緩やかに意識の上に流し込んだ。

 その水が、流れ込む先の心当たりは多くはなく、ようやく彼はひとつの噂を思い出した。

「ああ……エンチェルクか」

 彼らと旅を共にした、女性の名だ。

 彼女が、ヤイクの愛人であるというまことしやかな噂は、テルの耳まで届いていた。

 正確には、名前までは聞こえて来ていない。

 ヤイクが、平民の愛人を連れて、商人の会合などに出没しているという形だ。

 それが、エンチェルクであると確信したのは、リリューの結婚式の時。

 彼女が、ウメの元を離れたと聞いたのだ。

 行き先が、ヤイクのところだということと、噂と重ね合わせると答えが出た。

 その噂が、ようやくビッテの耳にも入ったということか。

 かの武官は、旅の間エンチェルクと助け合っていた。

 日常の雑事の時も、命を賭けた戦いの時も。

 年は、相当離れてはいるが、親しみの情がわいていてもおかしくはないだろう。

 そんな彼女を、ヤイクが愛人にしたと聞いたら。

 これまでの彼の所業を考えると、エンチェルクがたぶらかされている──そう考えるのが自然だろう。