アリスズc


「もうすぐコー、友達を連れて山へ行くの」

 少しの間、彼女は都を離れるという。

 友達の話は、母から聞いていた。

 尾長鷲のメスを二羽、安全なところまで引率していくこと。

 彼女らしい、そして彼女にしか出来ないだろう仕事だ。

 リリューの結婚式の時、ハレも武の賢者宅へと行ったが、その時彼女は、草むらに隠れていた山追の獣と何か語り合っていた。

 キクの飼っている、珍しい生き物だ。

 彼女は、この世の言葉という言葉──それは、決して人間のものだけにとどまらない言葉さえも、吸収しつつある。

「気をつけて、行っておいで」

 彼女と、一緒に旅に出ることは、もはや叶わない。

 だが、もう少しの辛抱でもあった。

 学術都市が出来る。

 そうすれば、ハレはもう宮殿に縛られる生活はなくなるのだ。

 そして、その都市にはもう一つ作られるものがある。

 父と母とテルの合意の元に作られるそれは。

 捧歌の神殿。

 別名──夜の神殿。

 もはや、敵対する月の一族は滅んだ。

 これから、夜や月の地位を緩やかに回復させていくつもりだった。

 そこで、白い髪の父娘が歌うのだ。

「ありがとう、ハレイルーシュリクス……」

 腕の中の彼女は、胸に頬ずりするように動く。

 その顔を上へと持ち上げると、赤く色づいた頬と、揺らめく瞳があった。

 とろけるような彼女の気が、ハレの胸を縛る。

 彼女は、本当に動物のように素直だった。

 まとう気配の全てが、彼に訴えかけているのだ。

「愛しているよ、コー」

 白い髪に、口づける。

「恋しいの、ハレイルーシュリクス」

 彼女の愛は、多くのためにある。

 だが。

 彼女の恋は、ハレのためだけにある。

 これほどの──殺し文句がどこにあろうか。