アリスズc


 夜。

 コーが、現れた。

 新月になろうとする月を背に、ハレのバルコニーにやってきたのだ。

 もうすぐ、新しい月が始まる。

「よく来たね、コー」

 バルコニーに出ようとしたら──コーが中に飛び込んで来て、そしてハレを抱きしめた。

 彼女の素早さと、線を軽く踏み越えてきた足と抱擁に、一瞬彼の思考は真っ白になる。

「桃がね……もういいって……もう大丈夫だって」

 胸の中のコーは、嬉しそうで寂しそうで。

 感情をもてあますように、ハレをぎゅうぎゅうに抱く。

 驚きの動悸が、ようやく動きをゆっくりにしていく中、彼はその身を抱き返した。

「よかったね、コー」

 モモは、彼女の存在を必要ないと思っているわけではないのだ。

 彼女の優しさに、甘えなくても平気になったということ。

 コーは短い間だが、モモに育てられた。

 母にしか出来ないことを、若い彼女に懸命にしてもらったのだ。

 だから、こんなにもコーはまっすぐ、愛を疑わない人間に育ったのである。

 その点について、モモにいくら感謝してもしきれないだろう。

「うん、本当によかった……それでね、桃が言ってくれたの」

 ぎゅうぎゅうに彼を抱く腕に力を込めながら、コーは顔を彼の胸に押し付ける。

「ハレイルーシュリクスのところに、行っておいでって……」

 腕の中の女性が、少し体温を上げた。

 こうして抱いていると、それがはっきりと伝わってくるのだ。

 ハレの鼓動もまた、少し速度を上げる。

 愛しい者に、こんなことを言われて、平静でいられるはずなどない。

 それに。

 彼女は、最初の一歩目から線を越えてきたではないか。

 入ってはいけない、ハレの部屋。

 その部屋に、自分から足を踏み入れてきたこと。

 それが──コーの決意。