アリスズc


「悲しい時に、コーが側にいられなくてごめんね」

 二階の、桃が借りている部屋。

 そこで、コーは桃にそう切り出した。

 結構時間がたったつもりだが、それでも声から簡単に彼女にバレてしまっている。

 桃は、困った笑みを浮かべて、そんな優しいコーの言葉に応えた。

「大丈夫…というのは嘘だけど、もうこれはゆっくり乗り越えて行くしか出来ないから」

 これでも、前よりも少しはマシになったのだ。

 だから、もっと時間がたてば、もっとマシになっていくだろう。

 思いは、ちゃんと伝えたのだ。

 その思いが同じではなく、残念ながら道が交わることはなかったけれど、後悔するところはなかった。

 そう、困ったことに後悔しようのない話なのだ。

 あの時、こうしていようがああしていようが、きっと結果は同じだったろう。

 自由の象徴として、彼が自分を手に入れ、恋人であるかのように扱うことはあったかもしれない。

 でも、それは違うもの。

「桃…コーはね、桃には感謝してもしきれないの」

 両手を、取られる。

 ぎゅうっと握られる。

 彼女の一生懸命の目が、すぐそこにあった。

「だって、コーが一番つらくて苦しい時、桃は側にいてくれた。歌や言葉を教えてくれて、優しく抱きしめてくれたから、私はいまここにいるよ」

 愛を、訴える瞳。

 何一つ、嘘のかけらもないまっすぐな言葉の列が、桃の心に向かって飛び込んで来る。

「だからね、桃」

 コーが、笑う。

 桃より年上の顔をしていながら、子どものように屈託なく笑うのだ。

「だから桃…コーが側にいるよ。桃が悲しくなくなるまで、いつでも側にいるからね」

 彼女は、嘘は言わない。

 側にいると言ったからには、きっとここにいてくれるのだ。

 愛が、そっと桃の側に立っている。

 神殿への旅の途中、桃はいままでトーにもらった愛を、コーへあげようとした。

 そうすることが、トーへの恩返しであり、コーのためになるだろうと思ったのだ。

 その愛が、いま──戻って来た。