アリスズc


「私、あなたがいない時に、間違えてさらわれたことがあるの」

 帰り道。

 レチの語った言葉は、リリューの知らないことで、とても彼を驚かせた。

 母やモモの話は届いていたが、彼女のことまでは届けられなかったからだ。

「その時、もしかしたら自分が死んでしまうんじゃないかと思って…山のように後悔したわ」

 詳しい経緯を聞くより先に、レチはとつとつと言葉を続ける。

 少しずつ昼の暑さを落ち着かせていく暗さの中、彼女の足にあわせてゆっくりと歩いた。

「ちゃんと、あなたに返事をしておけばよかったって」

 夜は、イエンタラスー夫人の屋敷でのことを思い出させる。

 彼女の姿が、だんだんシルエットに変わっていくのだ。

「あなたに…」

 そんな影が多く彼女を隠していく中。

「あなたに…ちゃんと好きだって…言えばよかったって」

 その、影の唇が切なげに動いた。

 リリューは、驚かなかった。

 驚きはしなかったが、じわ、じわじわと、胸の中に言葉がしみてゆく。

 海綿が水を吸わずにはいられないように、彼の心にもレチがしみこんでゆくのだ。

 レチが、足を止める。

 自分の言った言葉を、彼がどう受け止めているのか見るためか、こちらの方へと顎を上げた。

 リリューも足を止め、そんな彼女を見下ろす。

 白くて柔らかい、見慣れぬ人。

 その人に、右手を、差し出す。

 戸惑う彼女の手を、ゆっくりと握った。

 そして、リリューはレチの手を引いて歩くのだ。

「結婚しよう…」

 歩きながら、改めて彼女にそう申し出る。

 握った手が、びくっと震えたが、彼は離さなかった。

「…結婚、してください」

 少し後方から、逆に結婚を申し込まれる。

 リリューは、笑みを浮かべてしまった。

 予想外すぎたのだ。

「喜んで、受けさせてもらう」

 そして──ゆっくりと二人で一緒に、家へと帰った。