アリスズc


「カラディ、明日、都を出て行くって」

 夜の帰り道。

 エインが説教を始めないものだから、桃は彼の事を口にしてみた。

 あー、いたいなあ。

 恋を失ったばかりだと、その人の名前を口にするのさえ、こんなに痛いのか。

 昼間には、確かに懐の手紙には温かさがあったというのに、夜なので全ての温度が下がってしまいましたと言われているようだった。

「だから、会うのは今日でおしまい」

 少しは、エインも安心しただろうか。

 彼の嫌う男に、もう会わないと言ったのだから。

「……」

 なのに、弟は黙っている。

 黙って足を止めた。

 何だろうと振りかえると。

「モモの…その決断を後悔はさせない」

 暗い月夜の下で、まっすぐ立つ弟が多くの影に包まれたまま、力強く言う。

 同じ一族として、一緒に背負ってくれるのだろうか。

 こんな、拙い恋の終わりだというのに。

「大丈夫だよ。私の決断は、私がちゃんと責任を持つから」

 ありがとね。

 ぽんぽんと、エインの腕を軽く叩く。

 さあ、帰ろう。

「……」

 不機嫌な沈黙に変わったのが分かる。

「モモもモモの母も、テイタッドレックには頼らないんだな…男として恥の極みだ」

 厳しい声に、桃はびっくりしてしまった。

 自分だけでなく、母も引き合いに出されてしまったからだ。

「父は、ずっと恥じていた。モモの母を、自分の手で幸せに出来ない甲斐性のなさを、ずっとずっと恥じていた」

 自分の恥でもあるかのように、エインはそれを苦しげに語る。

「だから、父上は自分の家名が人に何と言われても構わないから、モモが自分の子であることを好きなだけ語ってもいいと言ったのだ。父上は、たったひとつだけでも、モモに父親らしいことをしたかっただけなのに」

 突然──別の説教が、始まってしまった。