アリスズc


「ともかく…せっかく椅子に座ったんだから、口説かせろよ」

 テーブルに片ひじをつき、彼は桃の方へと上半身を乗り出してくる。

 普通の恋の駆け引きをしかけた鼻から、彼女が蹴り飛ばしたため、カラディはすっかり調子が狂っているようだ。

 口説く、かぁ。

 桃は、軽く天井を見上げた。

 彼は、本当に自分のことが好きなのだろうか。

 その点について、信頼できる点を見つけるのは難しく思えた。

「私が、死ねばいいって言ったよね?」

 彼に言われたことで、おそらくこれが一番傷ついた言葉だろう。

 桃の存在そのものを、否定するもの。

「あれは…」

 まいったな。

 渋い顔になったカラディが、手元の酒をあおった。

「俺は…夢なんか見たくなかったんだ」

 まずい酒への感想を言うかのように、彼は言葉を吐き出す。

「だから、お前なんか見たくなかった」

 カラディにとっての、夢とは何だろう。

 そんなの、決まっている。

 本当の自由を手に入れることだ。

 そんなもの、死ぬまで手に入ることはないのだと、きっと彼は思っていた。

 なのに。

 異国人の勢力図を、変えようとする人間たちがカラディの目の前に現れる。

 彼は、その瞬間、夢を見ようとしたのか。

 希望の光を見つけた気がしたのか。

 その希望は、とても頼りないものに見えただろう。

 決して、叶うことはないもの。

 そんな希望なら、見ない方がマシだ。

 ないほうがマシだ。

 だから、こんな女などいなくなってしまえばいいと。

 それほど、目ざわりだったのだ、自分が。

 彼の心の流れが見えた気がして、桃は薄く微笑んでいた。

「カラディ…私のこと、好き?」

 問いは、その微笑みと共に。

 何かの気配が、もうすぐそこまで来ている気がした。