アリスズc


 強烈な風に、埃は霧散していた。

 おそるおそる顔を上げたエンチェルクは、暗い中に微かに反射する太陽妃の顔の硝子を見る。

 彼女が、自分を見上げている。

 いや。

 自分の肩の後ろを見ている。

「…飛んで来てくださったの?」

 その声は、何と言えばよかったのか。

 嬉しさと愛しさの混じった、そう、まるで少女のような響き。

「ああ…無事で何よりだ」

 エンチェルクの背では、静かな男の声が流れる。

 ここは──二階だ。

 二階の廊下。

 少し、西側は風通しが良くなってはいるが、外から新しい人間が来ることなど難しいところ。

 ということは、エンチェルクの後ろにいる御方は。

「ありがとう…私は大丈夫ですから、菊さんたちを助けてあげて下さい」

「分かったよ…ケイコ」

 ああ。

 肩越しに交わされる、優しい慈しみの会話。

 来て、下さった。

 忌まわしき満月の夜に、王宮も町をも本当に飛び越えて。

 この国の太陽が。

「妃への献身の護り…感謝する」

 その太陽が、エンチェルクの労をねぎらう。

 いいえ。

 いいえ、こんなことなど大したことでは。

 風が舞う。

 それに引っ張られるように、エンチェルクは振り返ったが──もはや、そこには誰もいなかった。