アリスズc


「火がついたようだな」

 ヤイクは、鼻で何かを嗅ぎわけるようなしぐさをする。

 そうするまでもなく、焦げた熱っぽい匂いは、扉を開け放したままの部屋に届く。

 轟音が起きた。

 建物の中でも、屋敷の外でも。

 母が、山追の子を呼ぶ声が響き渡る。

 だが、最初の襲撃以来、この部屋に誰も訪れないということは、母と桃が見事に防ぎきっているということ。

「あの大きな音は何だろうな」

 こんな危険な状況であっても、ヤイクは冷静に物を考えている。

 己が、戦いの場面では無力なのだと、理解しすぎているからだ。

「分かりません」

 人が金属をぶつけ合うだけでは、決して出せない音。

 リリューには、想像もつかなかった。

「ふむ…新型の武器かもしれんな…異国の」

 それなら、合点がいく。

 ヤイクは、どこか独り言めいた言葉を呟く。

 その後。

 ふっと辺りを見回した。

 何か、物足りないように。

「あの二人が、苦戦しているようです…考えられます」

 反応が欲しいのだろうか。

 リリューは、思いつく程度の言葉を返した。

 あの母とモモを、退け続けるのが、どれほど大変なことか。

 接近戦であれば、なおさらだ。

 それほどの手練れがいるのか、もしくは接近戦が出来ないのか。

「私を、あっちまで護衛してくれるか?」

 少し計画を変えようと思っているのか。

 しかし、ヤイクの曖昧な表現では、リリューには『どっち』のことか分からなかった。

 それに気づいたのだろう。

 彼は、ひとつため息をついて、正しい言葉で言い直すのだ。

「私を…エンチェルクのところまで護衛してくれ」

 母やモモの最前線ではなく、もう一つの計画を待っている彼女の方。

 呼び慣れない名は──言葉にしづらいのか。