アリスズc


 リリューは、町を歩いていた。

 母が言った。

『好きなだけ、歩いてくるといい』

 夕日は、西の山の方へと傾いている。

 青いはずの海が、この時は橙色に変わる。

 帰ってくる漁船のおこぼれを預かろうと、空には海鳥が飛び、漁師の子供が自分の親の船を待っている。

 自分と同じ肌の色も多く、つい一人一人の顔をまじまじと見た。

 勿論、知った顔などありはしない。

 ふるさとを離れたのは、余りにも小さい時すぎて、誰の顔もはっきりと心に残っていないのだ。

 実の親の顔でさえ、うまく思い出せない。

「変な男だね」

 桟橋近くで、初老の女性にじろじろと見上げられる。

 不審な態度を取っているつもりはなかったが、おかしく見えるのだろうが。

「そんな肌の色をしてるくせに、この町の人間じゃないなんて。お前さんは、一体どこの商人の血筋だい?」

 問われて、驚いた。

 まるでこの女性は、町の人間全部を、知っているかのような口ぶりだったのだ。

 海辺の人間で、町を離れるのは商人だけとでも、言わんばかりに。

「小さい頃まで…ここにいました」

 リリューの言葉に、女性は口をへの字にひん曲げた。

「ああ、そうかい」

 言葉にされない部分を、リリューは彼女と共有した。

「離れて以来、初めて来たのかい?」

 何かを避けるように続けられる言葉に、小さく頷く。

「じゃあ…おいで」

 こんな大きな男の手を、彼女は握って引いた。

 一歩あるくごとに、どんどん自分が小さな子供に戻っていくような気がした。

 彼女も、若返って行く気がした。

 一番奥の奥に、船の係留されていない桟橋があった。

 誰もいない、しんとした桟橋。

「この町の子だったなら…泳げるね?」

 彼女は、そこで振り返って言った。

 頷く。

「一度だけ…行っておいで。太陽が沈みきる前に帰ってくるんだよ」

 気づいたら──服のまま飛び込んでいた。