アリスズc


 はっと。

 カラディは、己を取り戻したように、桃から目をそらした。

 何でもないと。

 いま、自分の目によぎったものは、何でもないのだと、自身に言い聞かせるように。

「桃を見る限り…ニホンって国は、おめでたい国なんだろうよ」

 そして、更に別の布で隠すべく、悪口を言い出す。

「自然の中にいる神様を信じている、働き者の国だって母は言ったわ」

 残念ながら、桃は見たことはない。

「神…か」

 彼は、その言葉の前で足を止めた。

 しばらく、そこで立ち止まった後。

「獣の神を信じていて、みな気が荒く…毒にまみれた国だった」

 初めて。

 初めて、カラディが祖国の話を、した。

「弱肉強食を良しとする獣の神は、強いものこそが神に近い。金持ちや貴族は、平民の反乱を制圧するために、それぞれ独自の軍隊を持っていた」

 かけたはずの布を。

 気づけば、彼は引き裂いてゆく。

 心の底に沈んだ澱を見るように、彼は幼少時代を言葉にしてしまった。

「俺やロジアは…親に金で売られた。この国には、ない言葉の階級の人間だ」

 酒に、口をつける。

 この男の、ロジアの、イーザスの。

 桃の出会った異国人の根っこが、そこに垣間見えた。

 ずる賢さと、自分の物への執着と、生き延びることだけを勝ちとする神が、彼らの中にいる。

 ロジアは、この町と人々を自分のもののように執着し、イーザスはテテラに、そしてカラディは自由な立場へ執着した。

 それが、彼らの生きるための源なのだ。

 桃の根元と、何もかも違う国の人間。

 何を話しても、自分とはとても話が合うとは思えない。

 けれど。

 そうだけれども。

 桃は、カラディとのこれまでのことを思い出していた。

 気のせいかもしれないが。

 この男となら。

 ごく当たり前に、言い争いや喧嘩が出来るような気がした。