アリスズc


 モモが、少しずつ少しずつ落ち着いていく。

 リリューは、それをただ静かに待った。

 真剣という、わずかのごまかしも効かない刃を、鞘から抜いているのだ。

 ゆっくりと呼吸をしながらも、彼は桃から目を離さずにいた。

 そうしているうちに。

 何故、母がこんなことをさせたのか、分かって来た。

 どんな実践より先に、桃に真剣に対する心構えの時間を与えたかったのだ、と。

 ヤマモト流の道場では、おいそれと帯刀は許されない。

 心が、しっかりと育たなければ、持たせないという母の信念によるものだ。

 モモは。

 心が育ちきるまでの時間が、なかった。

 それに彼女も気づいて、刀を返そうとしたのだろう。

 その時間を、いま母は作ろうとしている。

 真剣で向かい合わせるという、荒療治で。

 モモは、ヤマモト流の唯一の血を引いている娘だ。

 しかも、父に似たという上背も加味され、身体的素質もあった。

 足りないのは──覚悟。

 必要なのは、その覚悟を決める時間。

 いまはいい。

 周囲は、誰もモモを傷つけない。

 だが、旅に出れば違う。

 旅に出てからは、彼女の力が必要になることもあるだろう。

 その時に、覚悟を決める時間を作ることは出来ないかもしれない。

 逆に言えば。

 いまなら、どんなに長い時間を使ってもいいのだ。

 そう理解出来たら、リリューは肝が据わった。

 一時間でも二時間でも。

 モモに付き合おうと。

 だが、彼の従妹は、それほどの時間をかけることはなかった。

 やっと。

 やっと、道場で向かい合う時の目になった。

 リリューをきちんと映した、まっすぐな瞳。

「一合」

 母が言ったのは、一言だけ。

 呼吸が、見える。

 桃の呼吸が、自分の呼吸ときちんと重なった瞬間。

 強い手ごたえと──火花を見た。