アリスズc


 リリューを呼び止めたのは──テルだった。

 こんな、使用人の部屋の並ぶ一階の端を、たまたまテルが通りかかった。

 残念ながら、そんな能天気な解釈は出来ない。

 わざわざ、リリューに用事があったというのか。

 テルの傍らには、ビッテがいる。

 武の道を、究めようとすればするほど、人と言うものは静かになるのだろうか。

 父も母も、そしてこのビッテも、静かでどっしりとしている。

「都に帰ったら…暇か?」

 奇妙な聞き方だ。

 暇な時間など、ない。

 生きることに、日々意味を持っていれば、暇な時間というものは存在しないのだ。

 そんな教えを、骨の髄から叩きこまれているリリューにしてみれば、その問いには「いいえ」と答えるしかなかった。

「ああ、聞き方がまずかったな…都に帰った後、東の港町に行く気はあるか?」

 いいえの答えを、テルは的確に射ぬく。

 彼もまた、母の道場の門下生なのだ。

 そして、リリューの目の前に、生まれ故郷の町をぶら下げる。

「俺の立場で、動かせる人手が足りない…都についたら、ヤイクルーリルヒの護衛として、一緒に行ってくれないか?」

 彼の思考の何倍も早く、テルの唇が動く。

 ふっと、リリューは微笑んでしまった。

 テルは彼を手駒として、使おうとしている。

 だが、同時に自由な人間であることも理解している。

 だから、ハレを介さなかった。

 だから、自分自身こんなところまで足を運んだのだ。

『お前を手駒として使いたい。だが、拒否権はある』

 短くすると、こういうところだろう。

 港町には、行くつもりだった。

 母と、新しい家族に会うために。

 そして、自分自身のためにも。

「ついでなら、いいですよ」

 だから、リリューは正直に言った。

「申し分ない、助かる」

 その言い様が、テルは気に入ったようで──軽やかに笑いながら、歩き去って行ったのだった。