アリスズc


「あとひと月、ちゃんと言葉の勉強が出来たら…梅が自由にしゃべっていいと言いました」

 本に書いてあるような言葉でしゃべるコーは、嬉しそうにそう報告をする。

 厳しい厳しいウメの指導には、すっかり慣れたようだ。

「私も、少し分かるようになりました。仲良しの相手には、近い言葉を使ってもいいということを。だから、早くハレイルーシュリクスや桃に、近い言葉を使いたいです」

 離れてから、それほどの時間はたっていないというのに、言葉に対しては本当に彼女は天賦の才があるようだ。

 美しい音の流れ。

 言葉さえ、まるで歌のようだ。

「トーは、全部の歌を教えてくれました。おかげで、全部真っ白になりました」

 その音で、彼女は自分の同胞について語る。

 持ち上げた左の髪は、コーの言う通り、もはや黒い部分などない。

「トーは…いい人だったかい?」

 これは。

 ハレの中の、いやな男が聞いてしまった言葉。

 コーを奪うことが出来るのは──彼しかいないと、心の底で恐れているせい。

 どれほど近しく、トーといるのだろうか。

 心の中で、もやもやと渦巻く黒い色を、ハレは持て余していたのだ。

「あ…」

 カァっと、コーの頬が染まった。

 彼女の言葉が、かすかに詰まる。

「あと…えっと…」

 慣れない音が、コーの唇から生まれる。

 ハレは。

 バルコニーの手すりの上に、立っている気分だった。

 外に転げ落ちれば、きっとただでは済まない場所。

 それは、彼女の言葉次第で、簡単に突き落とされる場所でもあった。

「あの…トーは…」

 声が、小さくなる。

「トーは、私に言いました」

 幸せそうな、本当に心から愛に満ち溢れた恥ずかしそうな微笑み。

「『お父さん』って呼んでもいいと…」

 私に、お父さんが出来ました。

 嬉しくてしょうがないコーの言葉に。

 ハレは──バルコニーの内側へと転げ落ち、したたかに頭をうちつけたのだった。