アリスズc


「あー…うん、少し覚えてるぜ」

 遠い遠い記憶を探る声。

「俺より、ひとつ下だったかなあ…多分そんな名前のチビがいたと思う」

 ああ、思い出した。

 彼は、そう呟きながら嫌な顔をした。

「一緒に、船を見に行った…あんなデカイ船を見たのは、初めてだったから」

 楽しんでいた昔の自分を──憎む声。

「そうか…あの事件の後、あいつはいなくなってたのか」

 それどころじゃなかったからな。

 今まで、思い出されることもなかった小さな友人と、彼は心の中で対面しているようだった。

 その姿が、余りに侘しく見えて。

「生きてますよ。すごく、大きくなっています」

 桃は、言わずにはいられなかった。

 そうしたら。

 男は、何だかすごくほっとした目を、彼女に向けた。

「ああ…そうか、デカくなったか」

 忘れていたのだから、さしたる思い入れはなかったはず。

 それでもなお、あの悲劇の後で無事に生き延びて、大人になったと知ることは、心の救いになるように思えたのだ。

「そうか…って、あれ?」

 その瞳が、安堵から怪訝へと飛び移る。

「大人になったそいつを知ってるなら…あんた、俺に何を聞きにきたんだ?」

 あいたたたたた。

 ついつい、ダシに使ったことを、忘れてしまって痛いところを突かれる。

 ど、どうしよう。

 ああでも。

 この人、少しいい人そうだし。

 桃は、ぐいっとカウンターの向こうに身を乗り出した。

 騒がしい中でも、これくらい距離が近ければ、小さい声でも届くだろう。

「あの事件の…話を聞きたいんです」

 リリューが両親を失い、ロジアが火傷を負い、多くの人の心や身体に傷を残した襲撃事件。

 それは、決して好奇心で聞きたいのではないのだと──精一杯の真面目な顔と声以外に、どうやって相手に伝えることが出来るのだろうか。