アリスズc


 桃の、重くなった心は。

 夜の酒場で、吹き飛んだ。

 う、うるさい。

 既に、仕事を終えて出来上がった男たちが、声を張り上げ、硝子や木製のジョッキを振り回していたのだ。

 旅の間、酒場の二階の宿を借りることはあったが、ここまですさまじくはなかった。

 ただ。

 リリューと同じ肌の色をした人たちが多く、それは桃の心を緩めたのだ。

 割と新しい時代に、港町に移り住んだ人は、こういう肌の色にならないという。

 親から子へ、海で灼かれた肌の色は受け継がれるというのだ。

 だから、リリューの肌の色は、先祖代々この町に住んでいたという証だった。

「こんな店で、待ち合わせかい?」

 店の亭主が、カウンターの隅に座った彼女に声をかける。

 自分の店なのに、こんな店呼ばわりだ。

 さて。

 桃は、切り出す言葉を既に考えていた。

「リリュールーセンタスって名前に、聞き覚えはないですか? 3~4歳くらいまで、この町にいたらしいんですけど」

 桃は──従兄をダシにしたのだ。

 従兄のことを、調べているわけではない。

「さぁー…どうだろうなあ。いまいくつなんだい?」

 だが、彼の話をすることによって。

「20年くらい前のあの事件で…この町を出たらしいんですけど」

 少し、声をひそめる。

 そう。

 従兄の名を出すことによって、自然にそちらへ話を持っていけるのだ。

 あくまでも、あの事件が目的ではなく、人について聞きたいということを前面に押し出して。

 亭主の表情が、かすかに歪んだ。

「あー…それじゃあ、うちの末息子とおない年くらいか」

 彼は、奥の厨房へと一度消え──若い男を引っ張ってきた。

「人を探してるそうだ…ちょっと話を聞いてやれ」

 ぽいっと。

 あせた黒髪の青年は、桃の前へと放り出されたのだ。

「すみません、お仕事中に」

 丁寧な桃の言葉に、彼は慣れないように首をひと回しした。