アリスズc


 8年前。

 ロジアは、領主の子を──死産していた。

「私の妹が産婆をしておりますが、それはもう、見るに耐えない真っ黒な赤子だったそうでございます」

 しかも、その子には、腕が一本なかった。

 赤ん坊を見て。

 ロジアは狂ったように己をかきむしり、泣き叫んだという。

『私のおなかの中に、この子の腕が残っておる! 誰か! 誰か! 腕を取り出しておくれ!』

「最初から、赤子に腕などなかったと、妹は言いました。ちぎれた跡もないと。けれども、あの御方はいまもまだ、自分のおなかの中に腕があるとお思いになっておられるのです」

 それから。

 ロジアは、子供たちの施設に力を入れ始めた。

 寺子屋は、元々運営していたものを更に充実させ。

 孤児院を作り、道場を作り、若者の仕事の斡旋を──ああ。

 彼女の悲しみの理由は、そこにあったのか。

 死産の反動が、よその子供たちに向いたのだ。

 だから、あの応接室だったのだろう。

 自分への慰撫か、子供を死なせたことへの罪滅ぼしか。

 ロジアは。

 自分が救われるために、町の子を育てようとしているのだ。

 だが、町の人たちに、これほどまでに愛されているというのに。

 彼女は、まだ癒されてはいない。

 ロジアがあると思っている、赤子の黒い腕が、彼女を悲しみから放さないのか。

 未婚の桃では、とても想像できるものではなかった。

 この港町で。

 領主の次に有名で。

 領主と同じかそれ以上に愛されている女性は。

 黒い愛の上に──立ち尽くしたままだった。