アリスズc


「ああ、悪かった…ここまで箱入りに育てられた女性に会ったのは初めてで」

 ひとしきり笑い転げた後、男は両手を上げて三歩ほど下がった。

「だが、本当にこの街道は最近物騒でね…女性一人を歩かせることは心配なんだよ」

 もしも。

 出会いの一瞬が、ああいうものでなかったとしたならば。

 桃は、彼を信用したかもしれない。

 それに、いまの彼女はソーがいるとは言え、見掛け上は一人旅だ。

 相手の心の底にある何かが分からない人と、一緒に歩くのはごめんだった。

「俺の名前は、カラディアエブリム。長ったらしいから、カラディでいい。さっきも言った通り、動物や植物の調査で国中を歩いている」

 正式に名乗る事により、怪しいものではないということを、桃に示そうとしている。

 ああ、そうか。

 彼女は、何故さっきこの言葉を丸呑み出来なかったのかという理由に、ようやく気付いた。

「調査は…誰に頼まれたんですか?」

 そう、ここ。

 普通に考えて、調査だけではお金など稼げない。

 このカラディという男が、生きて行く食費や生活費は、一体どこから出ているのか。

 彼は、ひゅうっと口笛を吹いた。

「頭がいいね。この自己紹介をして、そんなことを聞いて来た女性は、君くらいだ」

 ほめられても、これっぽっちも嬉しくはない。

「お金持ちだよ。貴族の学者だったり、商売人だったりね」

 彼の言葉に、ホックスが思い浮かんだ。

「貴族の学者は、屋敷を出たがらない人間が多くてね。彼らの代わりに歩いて調査して報告をすると、お金がもらえるのさ」

 なるほど、もっともな理屈だ。

 お金のための調査。

 どちらが主か従か。

 桃には、この男をうさんくさく思った理由が、そこにあると考えた。

 彼には、植物や動物への愛情が溢れているようには、とても見えなかったのだ。

 太陽妃やジリアン、または学ぶことそのものを好きなホックスと、全然方向が違う。

 調査をしていると言ったが、この男の肩書は──商人と言っていいだろう。