アリスズc


 コーには、二人の先生が出来た。

 言葉の先生は、母。

 歌と、『空を飛ぶ』先生は、トー。

『空を飛ぶ』という意味は、桃にはよく分からない。

 コーが、そう言ったのだ。

 夜になると、トーが迎えに来る。

「トー!」

 彼女は、喜んで飛び出していく。

 気がついた時には、コーの髪は全て真っ白になっていた。

「かやの外って顔をしてるわよ」

 そんな二人を見送る横顔を、母に見られてチクリと刺される。

「子供が親離れする時って…こんな気持ちなのかな」

 ぼそっと呟いたら、母にこづかれた。

「早く私を、そんな気分にさせてちょうだい」

 そして、笑われた。

 まだまだ自分は、母からすれば未熟者のようだ。

 そんな母の表情が、ふと曇る。

「悩み事?」

 母は、大きく感情を動かさない方だし、嘘をつきたくない時は完璧に黙り込み、そして表情を変えずに騙し通せる人だ。

 旅に出たおかげだろうか。

 前よりも、そういう細かい機微が、桃には分かるようになってきた。

「深刻な話ではないわ。ただ、ちょっと余計な心配をしているだけよ」

 そして。

 母も、旅に出る前よりは、桃に話をしてくれるようになった。

 昔であれば、心配事など彼女に話したりしなかっただろう。

「菊がね…いま、ちょっと動けないらしいの」

 ぎょっとする一言だった。

 あの、天下無双の伯母が、動けないという理由が、桃には想像が出来なかったのだ。

 怪我をしたのか、病気をしたのか、はたまたそのほか環境的な理由なのか。

 何にせよ、それは天変地異のような気がしたのだ。

 それを、深刻な話でないと言う母もすごいが。

「様子を見に行きたいんだけど、いま動ける人は誰もいないのよね。ダイさんも、口には出さないけど気にしてるみたいだし」

 伯父は、私用で勝手に都を出られない。

 息子のリリューは、ハレのお付きで隣領。

 母は身体が弱く遠出が出来ないし、桃は一応自由ではあるが、ハレのお遣いがある。

 確かに。

 身内が一人、遠くで困っていたとしても、すぐに動ける人間は、誰もいなかった。