アリスズc


 道場を除けば、女だらけの楽しい日々を送っていた桃の元に。

 ついに──『あの人』がやってくる。

「トーおじさま!」

 夕刻の畑の道を、白い髪を夕日に染めながら歩いてくる男に、桃は駆け寄った。

 子供の頃から、本当に年をとったように見えないその姿の意味を、彼女はコーの存在で思い知った。

「おかえり、モモ」

 小さい子と同じように、彼女はトーに抱き上げられた。

 いつもと変わらないその挨拶も、家の方からコーが見ていることに気づいて、子供っぽい気がして恥ずかしくなる。

「おじさま、ちょっと来て」

 何とか下ろしてもらうや、桃は彼の腕を取った。

 早く早く。

 首を傾げているコーが、こっちを見ている。

 次の瞬間。

 引っ張る腕が、急に重くなった。

 トーが、足を止めたのだ。

 振り返ると。

 彼は──白い髪の女性を、茫然と見ていた。

 驚きの余り、動けなくなってしまったのだ。

 こんな姿など、見るのは生まれて初めてだ。

 桃は、少し寂しく思いながらも、その手を離した。

 トーは、人と関わることを愛した。

 伯母と、母と、太陽妃と、桃と、いやもっと、国中の彼の歌を必要としている人たちと。

 本当の娘同然に、桃を愛してくれた。

 でも、彼は血縁を捨ててきた人だ。

 彼の血のことを、本当に理解してくれる人は、それ以来、側に誰もいなかった。

 月を捨てた男は。

 月を捨てた同胞の女と、初めて出会うのだ。

 女の方は、意味が分からずに、不思議そうに見ているだけだが。

「───」

 トーは。

 鳥のさえずりのように、何かの歌を歌った。

「………!」

 ぴょこんと、コーの身体がまっすぐになる。

「───」

 さえずりが──かえってきた。