アリスズc


「帰路も順調ですので、ひとつ立ち寄りたいところがあるのですが」

 ヤイクは、街道を一本外れることを、テルに進言した。

 それを、エンチェルクは耳に留める。

 彼は、気まぐれや無策で、そんな進言をする人間ではない。

 何か意図がある。

 彼女は、その気配を察知して、いち早く言葉の奥にある本当の目的を知ろうとした。

「思いつくことが一つだけある…だが、それだけの理由で、道を変えるとは思いづらいがな」

 テルは、鋭い目を持っている。

 既に、心当たりはあるというのだ。

「だとしたら、殿下の情報は古いのではありませんか?」

 聡明な主君に対して、ヤイクはずけずけと言い放つ。

 テルは苦笑しながら、続けろと視線で彼を促した。

「この南側の細い街道の村では、今年から新しい穀物が、試験的に栽培され始めています」

 その状況を、直に見て行きませんかと──そう、ヤイクは提案しているのだ。

 穀物。

 その言葉に、エンチェルクは引っかかった。

 いや、その言葉の後ろにあるもの、と言った方がいいか。

「そうか…では、俺の情報はやはり古かったようだな」

 テルは、そこで一息ついて。

「てっきり、母が一番最初に水入れの儀を行った村に立ち寄るのかと思ったぞ」

 エンチェルクにも、うっすらと記憶にある話をした。

 モモが読んでいた、神殿が出版した本の中にあったのだ。

 あれは。

 おとぎ話ではない。

 誇張されてはいるが、本当にあったこと。

「合ってますよ…同じ村のことですから」

 おとぎ話ではなく太陽妃のした事は、いまも脈々と続いているのだ。

「分かった…南へ行こう。その後また、街道に戻ればいいだろう」

 結論が出た。

 往路で、ひたすら先頭を戦いながら驀進したテルたちは。

 ここでようやく、寄り道をすることとなったのだった。