アリスズc


 晩餐も終わった後の時間だ。

 一階の、裏庭に続く入口に、人などいない。

 ただ、蝋燭が小さな灯りをともして、ジジジと鳴いているだけ。

「お、お願い…離して」

 あかりを脅える彼女の言葉は、震えている。

 恐れている。

 何を?

 この屋敷の人間になら、既にその姿を見られているはずだ。

 今更、恐れることなどない。

 いま彼女が恐れているのは──リリュー。

 彼に、その姿を見られることを、怖がっているのだ。

 何故?

 それは。

 それは、リリューに姿を見られて、落胆されたくないから。

 何故?

 ああ。

 やっと、分かった。

 これまで、彼女が何を言わんとしていたのか。

 私は醜いの。

 見たいと思わないで。

 あなたに。

 嫌われたくないの。

 リリューは── 一瞬だけ腕を緩めた直後、ぐいーっと彼女の手を引っ張った。

 離されるかと安心しかけた身体は。

 いともあっさりと、燭台の光の中に引き込まれたのだ。

「あっ……」

 暗いオレンジの光の中に、彼女が現れる。

 オレンジと黒で出来た顔は、彼女の色がとても白い証拠。

 白いからこそ、燭台の色と影にくっきりと染められてしまうのだ。

 丸っこい鼻にうっすらと残るそばかす。

 雪も色を奪えなかった、黒の強い大きな瞳。

 野猪(のじし)の子のようだ。

 ぷにぷにの頬の色が他と同じオレンジではないのは、赤くなっているからか。

 そして。

 彼女が一番嫌う、灰色の髪。

「…何色でもいい」

 光の元に、リリューはその言葉をもう一度言った。