アリスズc


 おかあ、さま。

 目の前に、テイタッドレック卿──父がいて、自分を我が娘と呼んだ。

 どんな書類の上の文字よりも、それは大切な言葉。

 壁にかかる肖像画の中の母は、微笑んでいる。

 ちょうど。

 本当にちょうど、父の隣のあたり。

 まるで、そこに二人寄り添っているかのように、桃を見ている。

 前に来た時、その絵を見て、桃は心が引き締まった。

 心強くも感じた。

 でも、今は。

 父とそうして並んでいる瞳は、とても優しく自分を見てくれているように思える。

 やっと。

 やっと桃は、自分が来たいと思った場所に、たどりついたのだと──いま、ようやく分かったのだ。

「おとうさま…お元気そうで何よりです」

 唇を、奮い立たせる。

 そして、ついにそう呼ぶことが出来た。

 涙は、出ない。

 胸が、とても温かいものでいっぱいになったけれども、それは桃を感傷的にはさせなかったのだ。

 微笑む夫人と、複雑そうなエインを前に、ついにお互いを親子として呼び合うことが出来た。

 それで、本当に十分だった。

「しかし…本当に私の血筋に似たのだな。これなら、誰が見ても私の子であることを疑うまい」

 その言葉は、感心したような──それでいて、少し残念そうな響きを持っていた。

 愛する母に似ていて欲しかったのだろうか。

「ええ、まったくですわね。御子息と並ぶと、本当の姉弟のように見えます」

 夫人の賛同に、つい桃はエインの方を見てしまった。

 向こうもまた、こちらをちらりと見る。

「私の子である事実が必要な時があれば、使って構わない。私は、何一つ否定などしない」

 そんな父の言葉には、多少閉口した。

 これまで、桃が誰の子であるか、そんな肩書が必要となることなど、まったくなかったのだ。

「領主の娘というには、余りに至らないことも多く、おとうさまに恥をかかせるかもしれません」

 辞退申し上げます。

 それを、母流の言い回しで答えたら。

「中身は、間違いなく梅に似たな」

『梅』

 父の呼んだその名は──とても美しい、日本式の呼び方だった。