アリスズc


 この旅路で。

 もはや、会うことはないと思っていた。

 それでいいと、桃は思っていた。

 しかし、そう思っていない人間がいたのだ。

 おそらく──エイン。

 最初の頃の彼は、桃に手厳しかった。

 彼女が、どこの馬の骨とも知れない女の娘で、父に会わせたくないと思っていた。

 それ以前に。

 エインが得るべき父親の愛情が、桃へと流れて行くことを、とても不快に思っていたのだ。

 そんな男が。

 桃を、『彼』と引き合わせたのだ。

 名前は知っている。

 いま、彼が呼ばれている世間一般の名。

 テイタッドレック卿。

 エインの父にして、夫人の北の地の領主。

 貴族にして、剣術家。

 そして、そして。

「何から…話せばいいのだろうな」

 初めての、声。

 想像していたものよりも、低くはない。

 都と同じ、素晴らしい発音。

 ずっと会わなかったのは、向こうも同じ。

 桃が、挨拶以外言葉を探せないように、彼もまた同じなのだ。

「父上…」

 そのぎこちない空気を裂いたのは──エインだった。

「どんな社交辞令よりも、まず、言うべきことがあるのではありませんか?」

 ため息混じりに、父に助言を送るのだ。

 こんな父親など、見たことはないと言わんばかりに。

「あー…」

 ごほんごほん。

 卿は、喉の調子を整えるかのように、咳払いをした。

 そして、桃を見る。

「モモ…我が娘よ。会えて、本当に嬉しく思っている」

 あ、れ。

 桃は、拍子抜けしてしまった。

 あると思っていた体裁上の壁が、そこになかったのだ。

 何のためらいもなく、彼は自分に向かって『我が娘』と呼んだのだ。

『テイタッドレック卿』と、呼ばなければと思っていたのに──