アリスズc


 空間にいるのは、四人きり。

 イエンタラスー夫人。

 エイン。

 桃。

 そして──彼。

 誰も、口火を切らなかった。

 いや。

 誰も、その間、動かなかったのだ。

 夫人は、優しく穏やかに桃を見守ってくれる。

 エインは、ただ黙って彼女の側に直立している。

 そして、この中で桃が初めて会うその男は。

 静かに、しかし、しっかりと自分を見ているのだ。

 ひくり、と喉が震えたことに、桃は気づいた。

 一言もしゃべっていないというのに、喉がカラカラに乾いている。

 心臓が、少しずつ少しずつ鼓動を速めていく。

 どれほどの時間だったのか。

 桃にしてみれば、それはとてもとても長い時間に感じた。

 皆が、自分を待ってくれていることに気がつく。

 桃は、表情を引き締めた。

 ずっと。

 ずっとこの日のことを、頭の中で想定してきたではないか。

 真っ白な顔の男が、心の中に住んでいた。

 顔も知らないその人に、桃は何度初めましての挨拶を繰り返したことか。

 いまが。

 いまが、まさにその時なのだ。

「失礼致しました。初めてお目にかかります…山本桃と申します」

 深々とした辞儀。

 ただ。

 表情だけは。

 上手な笑顔を浮かべることが出来なかった。