アリスズc


 夫人の後継ぎであるクージェが、夕日とリクに連れ去られたと聞いて、桃はおかしくてしょうがなかった。

 それをこらえて、慎ましやかな表情をしているのが、大変だったというべきか。

「面白いことを考える御方だ」

 そう、ハレを評するのは──エイン。

 彼はまた、夫人宅へと来ていたのだ。

 既にクージェがいないと分かって来たのだから、あくまでも目的は──桃自身ということになる。

 前回よりも、もう少しだけ打ち解けた気がしていた。

 彼は、今度は間にホックスを立てずに、彼女の部屋をノックしたのだから。

『行っておいでよ、桃。コーは、この部屋でおとなしく待ってる』

 往路とは、比べ物にならないほど、コーの心は育っていた。

 そんな彼女の心に甘えて、桃はエインと裏庭に出たのだ。

 いま応接室では、夫人とハレが話をしているらしい。

「でも、夕日様相手では、彼も好き勝手も出来ないでしょう?」

「そうだな…」

 少し、歯切れが悪い。

 桃は、エインを見つめた。

 言葉と心が、食い違っているように見えたからだ。

 彼は、そんな桃の視線に苦笑した。

「いや…ちょっとうらやましかっただけだ。旅に出る口実が、向こうからやって来たのだから」

 言葉がひとつ増えてゆく度に、エインという人間が、その中から現れてくる。

 彼もまた、旅に出たい年頃なのだ。

「お父上に反対されてるんですか?」

 桃は、距離を取った言葉を使った。

 それが、父を大好きなエインのために思えて。

「まさか。けれど、何のために旅に出るか…まだ見つけられていないからね」

 ぴくりと動いた彼の指先が、『父』という二人の間の壁が、まだ完全に取り払われていないことを教えてくれる。

 長い時間、わだかまっていることだ。

 ゆっくり解けるに越したことはない。

 んー。

「都に、武者修行にいらっしゃるとかは…どうですか?」

 都には。

 父の師匠である、キクがいるではないか。

 そこで、直接稽古を受ける。

 立派な目的のように思えた。