アリスズc


「ハレイルーシュリクス…」

 父の声は、わずかな余韻がある。

 ハレはいま、父親でありイデアメリトスの太陽でもある男に、自分の旅の人選を伝えたのだ。

「お前は、何になる気なのだ?」

 何代ものイデアメリトスが座って来た、石の椅子。

 そこに腰かける父の目は、やはり節穴ではなかった。

 文官役に選んだ者を見れば、賢者の器ではないことくらい、お見通しなのだ。

「学者になれるものならば…」

 半分は本当で、半分は嘘の言葉。

 政治を、やりたくないわけではない。

 だが、それは太陽になってまで、執政しなくてもいいと思っている。

 だから、政治と遠い学者という言葉を使った。

 イデアメリトスの太陽から、出来るだけ遠い言葉。

「だが、もしテルタリウスミシータの旅が失敗した場合、お前に選択の余地はないぞ」

 ハレは、父親を見上げた。

「テルは、失敗しません」

 賢者に相応しい武官役と、文官役。

 そして、モモをも上回る女性の助けが決まったのだ。

 更に、テル自身の器量。

 彼が失敗するというのならば、ハレが成功するはずがない。

「二人とも成功したら、私はお前を次の太陽に任命するかもしれないぞ」

 父は、噛んで含むような言い方をした。

 誰もが、なりたいものになれるわけではない。

 それは、ハレも分かっている。

「もしも、父上がそうお決めになられたのならば、どうして私が逆らえましょう」

 だから。

 ハレも、噛んで含む言葉を返した。

 それを、自分は決して喜んで受けるわけではないのだ、と。

 こんなやりとりは、誰にも聞かせられないものだった。

 聞いているのは、石だけ。

 この空間を取り巻く、石の床や壁や椅子だけ。

「お前は…本当に、母に似たな」

 石にこぼれ落ちるのは、父の苦笑。

 イデアメリトスの太陽の伝統を、数多く揺るがした母は、いまだ父にとって特別なのだ。