アリスズc


「そういえば、お前はまだ独身だったな」

 宿屋では、テルはヤイクと同じ部屋になる。

 話相手がヤイクしかいないのだから、私的な話になることもある。

 彼は、二十代後半。

 貴族としては変り種とは言え、貴族の肩書を持ち、叔父はいまをときめく賢者なのだから、どこからでも良縁が降ってきそうなものだが。

「一人に決めるには、まだまだ勿体無く思えるのですよ。もうしばらく、花を飛び回る羽虫のように生きたいですね」

 ニッと、唇の端に潜まされる──毒。

「たとえ、どれほど女が好きだろうと…貴族としての結婚は別、と割り切りそうな男に見えるがな」

 素晴らしき政治肌。

 その肌が、貴族の結婚の意味合いを理解していないはずがない。

「私はね…女が、好きなのですよ、本当に」

 ヤイクは、音をひとつずつ切るようにして、言葉を殊更強調してみせた。

 それが、まだ結婚を考えない理由というのか。

 だが、何故だろう。

 テルは、違和感を拭えない。

 キクの道場で聞いた、門下生の男たちの口から出る『女』という表現と、ヤイクのそれは何か違う気がしたのだ。

 彼らは、『女』を抱きしめたいと思っている。

 はっきり言えば、響きにどうしてもいやらしさが含まれるのだ。

 だが。

 ヤイクの口から出てくる『女』は、それを感じない。

 毒はあるが、彼が女という生き物の尻を追い回しているのだとは、どうしても思えないのだ。

「お前にとって…女とは何なのだ?」

 分からないことは、聞けばいい。

 テルの思考は、至ってシンプルだった。

「そうですね…寺子屋制度も出来、下地もしっかりと出来ましたし…」

 ヤイクは、自分を見た。

 いつもの、ひねりのある目ではない。

 まっすぐな、男としての目。

 彼が言っている言葉が、何につながるのかまだ分からなかった。

 しかし、ひとつだけ分かった。

 ヤイクは──テルを本当の話が出来る相手だと、認めたのだ。