アリスズc


 ハレの部屋の、ノッカーが鳴った。

 ホックスだった。

「ちょっと、よろしいでしょうか?」

 元々、今夜彼はここにくる予定だった。

 それにしては、言葉が変である。

 しかし、どうやら別の話を抱えてきたようだ。

「殿下に、お願いしたいことが…」

 扉が開けられると、少し遠いところから何やら騒いでいる声が聞こえてくる。

「どうかしたのか?」

 急いで廊下へと出ると。

 リリューとここの子息が、向かい合っている姿が見える。

 ただし。

 子息が、一方的にリリューに向かって騒ぎ立て、なおかつ手を上げているようだが。

 それに、抵抗もせずにぶたれている。

 リリューなら、簡単によけられるだろうに。

 ということは、わざと──ぶたれているのだ。

「従者なら従者らしく、膝を折れ!」

 近づくと、クージェの怒った声が聞こえてくる。

「私の従者ですよ…何をなさってますか?」

 ハレは、低く静かに声をかけた。

 はっと、クージェは振り返る。

 怒るのに必死で、周囲のことが見えていなかったようだ。

「こ、これは殿下…殿下の従者が、私に礼のひとつもしないとはどういうことですか。この者は貴族ではないでしょう!」

 とても分かりやすい、怒りの理由だった。

 自分より上か下かで物を考え、下の者には何をしてもいいと勘違いしているようだ。

 リリューもまた、この男に儀礼的な挨拶をしたくないと思っているようだ。

「確かに貴族ではありませんが、私の旅が成功したら…賢者になるかもしれない男ですよ」

 権力嗜好には、権力の話をぶつけるのが早い。

 ハレは、そう思ったのだ。

 そして、効果てきめんだった。

 クージェは、うぐっと言葉に詰まり、慌てて逃げ去ってしまったのだから。

 リリューが、怪訝な目で自分を見ている。

「毒を持って毒を制しただけだよ…私の気持ちは、旅立ちの時から何一つ変わってはいないからね」

 何一つ──それは、少し嘘だったのかもしれない。