アリスズc


「…山本桃と申します」

 慎重に、モモは挨拶をした。

 その名は、この国に登録されている正式なものではなく、母の国の形にのっとった表現。

 モモ・ヤマモト・ニホン。

 この国に登録されているものを、全部名乗ったとしてもこの程度の、短いもの。

 じっと。

 じっと、エインを見る。

 背が高いはずだ。

 自分と同じ血が、流れているのだから。

 礼儀正しい人でよかった。

 クージェのような人が弟なら、きっと桃は困っただろう。

 そして。

 桃が、何者なのか分かっていて、わざわざ面会の時間を作ってくれた。

 それは。

 姉であると知っているということ。

 分かってます、かあさま。

 頭に浮かんだ母を、桃は無理におしのけたりはしなかった。

「初めてお目にかかります…どうぞよろしく」

 桃は、静かに目上の相手に対する儀礼を取った。

 弟であろうと、相手は領主の息子。

 次期、テイタッドレック卿になる男なのだ。

 じっと。

 向こうも、じっと桃を見ている。

「剣を習っていると聞きました…」

 エインは、言う。

 誰から聞いたか、ということはない。

「はい、まだ未熟ですが」

 一言一言、噛みしめるようにゆっくりと言葉にする。

「母上は、お元気ですか?」

 彼の視線が、一瞬だけ絵に跳ぶ。

 あの絵が、一体誰なのかを知っているのだ。

「はい、おかげさまで元気です」

 一枚の薄い壁越しに会話しているような、もどかしさ。

「………」

「………」

 向こうもそう感じているのか、あっという間に──話すことがなくなってしまった。