アリスズc


 翌日。

 エンチェルクは、旅立たねばならなかった。

 イエンタラスー夫人の屋敷は、テルの旅の通り道に過ぎず、この後来るであろうモモをどれだけ心配したところで、自分にはどうしようもないのだ。

 出発を見送る夫人の後ろに、二人の男がいた。

 どちらがテイタッドレック卿の息子であるかなど、一目で分かった。

 あの一族らしい姿を、見事に受け継いでいたからだ。

 奥方を除いたテイタッドレックの血を引くものはみな、背が高かった。

 その血は、綺麗にモモにも出ている。

 ああ。

 とどまりたい気持ちをひきはがし、エンチェルクは重い足取りで歩き始めた。

 一度、二度と振り返る。

「エンチェルク…」

 名を呼ばれて、彼女はどきっとした。

 呼んだのは──テルだ。

「俺について来たくないなら、残ってもいいぞ」

 ガツン!

 それは。

 激痛をともなうほどの一撃だった。

 たった一言シンプルに、彼女の揺れる心の天秤を蹴りつけたのだ。

 ここで。

 ここで自分が戻ったら、もはや誰にも顔向けなど出来なくなる。

 モモにさえ、恥ずかしくて決して会えないだろう。

 それほど、恥ずべきことの間で、心が揺れていたのだ。

 テルが、不快に思うのも当然だ。

 彼が太陽の息子でなくとも、不快に思うだろう。

 草原の花を見て以来、エンチェルクはすっかりおかしくなっていた。

 懐かしさと衝撃と不安が全部いっしょくたになって、彼女を決して平静でいさせてくれなかったのだ。

「申し訳…ありません」

 唇を、噛む。

 ヤイクの視線が──痛かった。