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エンチェルクは、夜の庭に出ていた。
都よりずっと涼しい夜の空気に、軽く身を震わす。
少し、頭を冷やしたかったのだ。
夜の外など、もはやエンチェルクにとっては恐れる対象ではなくなっていた。
ウメと共に、生活をしていたおかげだ。
己の身を己で守れるようになってからは特に、夜は彼女を不安にさせたりしなかった。
たとえ、夜空に黒い月がかかっていても。
「残念だよ…」
そんな中、人の声が聞こえてきて、エンチェルクはどきりとした。
夫人の屋敷の庭なので、怪しい者とは思っていないが、まさか人がいるとは思わなかったのだ。
「せっかく、君の姉を見られると思ったのに」
しかし、声は上から降ってきていた。
どうやら、二階のバルコニーで何か話しているらしい。
『姉』という言葉に、反射的にエンチェルクは息をひそめた。
「…どうでもいいことだよ」
もう一つの声は、静かなものだった。
だが。
その答えの内容は、エンチェルクの心臓を強く掴んだ。
「どうでもいいって…君は馬で飛んで来たじゃないか」
顔は見えないが、やはり片方はこの家の後継ぎで、片方はテイタッドレック卿の子息なのだろう。
しばらくの、沈黙があった。
「…飛んで来たかったのは、父さ。僕は、その代理で来たようなものだからね」
エンチェルクの予感は──当たっていた。
やはり、子息にとってモモの存在は複雑なのだ。
ただ、父親に強く言われて来ただけ。
テイタッドレック卿は、深く深くウメを愛している。
その思いは、息子までも戸惑わせているのだろう。
「お互い───ら、大変だな」
この家の後継ぎが、何か言った。
これから、夫人の屋敷に到着するだろうモモのことを考えていたエンチェルクは。
よく、聞いていなかった。
エンチェルクは、夜の庭に出ていた。
都よりずっと涼しい夜の空気に、軽く身を震わす。
少し、頭を冷やしたかったのだ。
夜の外など、もはやエンチェルクにとっては恐れる対象ではなくなっていた。
ウメと共に、生活をしていたおかげだ。
己の身を己で守れるようになってからは特に、夜は彼女を不安にさせたりしなかった。
たとえ、夜空に黒い月がかかっていても。
「残念だよ…」
そんな中、人の声が聞こえてきて、エンチェルクはどきりとした。
夫人の屋敷の庭なので、怪しい者とは思っていないが、まさか人がいるとは思わなかったのだ。
「せっかく、君の姉を見られると思ったのに」
しかし、声は上から降ってきていた。
どうやら、二階のバルコニーで何か話しているらしい。
『姉』という言葉に、反射的にエンチェルクは息をひそめた。
「…どうでもいいことだよ」
もう一つの声は、静かなものだった。
だが。
その答えの内容は、エンチェルクの心臓を強く掴んだ。
「どうでもいいって…君は馬で飛んで来たじゃないか」
顔は見えないが、やはり片方はこの家の後継ぎで、片方はテイタッドレック卿の子息なのだろう。
しばらくの、沈黙があった。
「…飛んで来たかったのは、父さ。僕は、その代理で来たようなものだからね」
エンチェルクの予感は──当たっていた。
やはり、子息にとってモモの存在は複雑なのだ。
ただ、父親に強く言われて来ただけ。
テイタッドレック卿は、深く深くウメを愛している。
その思いは、息子までも戸惑わせているのだろう。
「お互い───ら、大変だな」
この家の後継ぎが、何か言った。
これから、夫人の屋敷に到着するだろうモモのことを考えていたエンチェルクは。
よく、聞いていなかった。


