アリスズc


「手紙をお預かりしております」

 イエンタラスー夫人は、テルへ2通の封書を差し出した。

 差出人は、父とハレだった。

 ヤイクが、ちらりとその封書を見る。

 手紙の内容が、気にかかるのだろう。

 だが、この封書が出される前は。

 ついさっきまで、ヤイクは部屋の中の肖像画のひとつに、目を奪われていたが。

 ウメの絵。

 マリスのサインが入っている。

 日本人を預かったイエンタラスー夫人の手元に、ただ一人最後まで残ったのが彼女だという。

 身体が弱かったため、父の旅に同行することが出来なかったのだ。

「スエルランダルバ卿は、ウメに育てられた男ですよ」

 領主と、どうしてもしなければならない話はない。

 旅の安全地帯である領主宅で、地方の様子を聞くくらいのものだ。

 エンチェルクを引きとめるほど、夫人はウメの話が聞きたかったのだろう。

 だから、テルはあっさりとその仕事をスエルランダルバ卿──すなわち、ヤイクに振ったのである。

 その時の、夫人の顔と言ったら。

 若かりし時の美しさを感じさせるほど、生気に満ち溢れ、明るい表情をヤイクに向けたのだ。

「殿下…」

 彼は、珍しく困っているようだった。

 このようなウメを大好きな老女相手に、皮肉を聞かせるわけにもいくまい。

 テルは、彼がどんなまっとうな言葉で、ウメを語るのか聞いてみたかったのだ。

 さっき、絵に目を奪われていたその表情は、決して皮肉の対象ではなかったのだから。

「ウメは…素晴らしい仕事をしていますよ。まぁ…少々型破りですが、ね」

 ヤイクは──いかにも言わされている感たっぷりだった。

 思わず、テルが笑いをこらえなければならないほど。

「ええ、ええ、そうですとも…ウメはちょっと変わっているのですよ。でも素晴らしい娘ですわ」

 夫人は、本当に嬉しそうだった。

 もはや。

 ウメは娘という年ではないのだが、彼女の中の姿は、昔のままなのだろう。

 きっと。

 本当の娘のように、思っていたのだ。