アリスズc


「時間はないけれど、少しでもウメの話を聞かせてちょうだい」

 エンチェルクは、落ち着かなかった。

 領主である夫人自らが、彼女を歓待したからだ。

 だが、そんな落ち着かない思いも──応接室へ通されてぶっ飛んだ。

 あ。

 壁にかけられた絵のひとつに。

 ウメが、いた。

 神々しささえ感じる微笑みをたたえた、彼女の絵。

 この絵を、エンチェルクは知っている。

 見たことがある。

 猛烈な速度で巻き戻されてゆく記憶。

 エンチェルクは、この絵を気に入ったのだ。

 マリスの描いた絵。

 それを、彼女はなけなしのお金で買おうとした。

 だが、マリスは売らなかったのだ。

 失敗作だと言って。

 あの時の絵が。

 何故、ここにあるのか。

「あぁ…この絵? 随分長いことかかって、テイタッドレック卿に頼み込んで譲っていただいたのよ」

 なかなか、手放してくれなくて。

 嬉しそうに、ふふふと夫人は笑う。

 エンチェルクは──それどころではなかった。

 テイタッドレック卿と言っても、いまは代替わりしているはずだ。

 今の領主は。

 あ。

 あ。

 ああ!

 つながった。

 テイタッドレック卿──アルテンは、帰る直前にマリスに出会ったではないか。

 一緒に、荷馬車に乗ったではないか。

 あの時!

 あの時、アルテンはマリスに依頼したのだ。

 ウメの絵、を。

 マリスは、数多くのウメやモモの絵を描いた。

 あの絵の数々は、一体どこへ消えたのか。

 その答えが。

 ここにあった。