アリスズc


「どうかしたのか?」

 自分が、母の国の木と逢瀬をしている間に、従者の間に何が起きたのか。

「何でもありませんよ」

 答えは、ヤイク。

 自分の表情に気づいたように、それをほどいてゆく。

「……大丈夫です」

 エンチェルクは、視線をテルから避けた。

「ちょっとしたケンカのようです」

 間に入っていたビッテが、そんな単純な言葉で済ませようとする。

 ケンカ?

 ヤイクとエンチェルクが?

 この二人の間に、そんな言葉は存在しない。

 それくらい、テルも分かっている。

 ケンカというよりも、溝が深くなった、という方が正しいのだろう。

 テルを中心に、それぞれ的確な仕事は出来てはいるが、いまなお横のつながりには色々と問題がある。

「ウメの国にかぶれてるんですよ」

 テルの横を歩きながら、ヤイクは彼の質問に応えた。

 後ろを歩くエンチェルクにも、聞こえているかもしれないくらいの音。

 もし聞こえているとしたならば、それはヤイクが──聞かせている、ということ。

「あの花の向こうに、その国があると勘違いしたんでしょう」

 声は、苦い音だった。

 いつものような、ニヤつく声ではない。

 あながち。

 その考えは、間違いではない。

 あの魔法領域の強さならば、こちら側から魔法干渉すれば、もしかしたら向こう側とやらに行けるのかもしれないのだ。

 逆に言えば。

 母もウメもキクも、帰ろうと思えば帰れる可能性があるということ。

 父が、母を手放すとは思いがたいが。

「そんな馬鹿馬鹿しい話で、彼女の腕を掴んだんですか?」

 前を行くビッテが、怪訝だらけの言葉を紡ぐ。

 ヤイクの言葉が聞こえたのは、こちらも同じだったようだ。

「そう…そんな馬鹿馬鹿しい話に、取り憑かれてるのさ」

 彼は、肩をそびやかした。

 そうか。

 テルは、分かった。

 エンチェルクを、止めたのか。

 平民の彼女ごときが、何にかぶれていようが、旅の邪魔にならなければ放っておきそうな男が。

 彼女を──向こう側に行かせたくなかったのだ。