アリスズc


「リリューにいさんも、ハレイルーシュリクス殿下のお付きに?」

 伯母づてで、桃はその情報を仕入れた。

 正確には、誘われただけで、まだ返答をしていないという。

 リリューにいさんが一緒だといいなあ。

 彼が一緒なことほど、心強いことはないと思った。

 桃にとって、ハレはこれまで無縁に近い相手で。

 テルよりも、もっともっと気を遣わなければならないだろう。

 だが、リリューがいるとなると、話が変わる。

 彼は、桃の自慢の従兄だ。

 血はつながっていないとは言え、あんなにも頼りがいのある男と親戚であるという事実は、桃の誇りでもあった。

 子供の頃から、リリューは少しいつも淋しげで。

 桃は、いつも気になっていた。

 リリューが、声を出して笑っているところを見たことがない。

 いつも静かに、目だけで笑うのだ。

 だが、菊やダイと一緒にいる時は、リリューは違った。

 他の誰よりも心を許していて、穏やかな顔つきになる。

 桃は、三人が一緒にいるのを見ているのが好きだった。

「さて、桃」

 従兄に思考を馳せていた桃は、目の前に母が立っているのに気づいて、はっとした。

「殿下の旅に同行するということを踏まえて、もう一度料理・裁縫・礼法のおさらいをしましょう」

 イエンタラスー夫人にも会うのですから。

 厳しい声に、桃は背筋を冷やした。

 だが、夫人に会うと思うと、心も弾む。

 手紙でしか知らない、母の恩人。

 いまだに、桃や母に手紙や贈り物を送ってくれる優しい人だ。

 祖母がいるとしたら、きっとあんな感じなのだろう。

 そして。

 イエンタラスー夫人の隣が。

 テイタッドレック卿の領土。

 会いに行ける、のかな?

 桃の心は──切なく揺れ動くのだった。