早晩、渡航移植の道は完全に閉ざされてしまいます。と同時に、国内では適合する大きさの臓器提供者が存在しないため、既に渡航移植に限定されている乳幼児の待機者を始め、かつての私と立場を同じくする方々の命を繋ぐ術は消失してしまいます。

 こうした情勢に対応すべく日本では昨年、改正臓器移植法が国会で可決され成立しました。

 法の整備は移植環境改善の土台として必要不可欠な事柄です。しかし、先に取り上げた“不均衡”を法が解消するわけではありません。

 我々国民の一人一人が、この“不均衡”を日本が抱える社会問題と捉え、その認識を深めるなかで自分なりの臓器提供への意思を持つことでしか、現実的な改善の方策はないのです。

 そして、対象となる方やその家族が示した意思が絶対的に尊重され、如何なる意思も決して糾弾されることのない社会に育たなければなりません。

 今なお、当時の私と同じように、医師により脳死移植の道を指し示されたときから、苦しみ、葛藤を繰り返しながら生きる覚悟を決め、その日を待ちわびている人がいます。
一刻を争う闘いをしている方々がこの国には存在します。

 日本における臓器提供者の不足は培われてきた文化面や死生観などが大きな原因だといわれています。脳死医療については立場によって見る角度も変わり、意見の相違が生じるのは当然です。
 しかし、私は脳死医療の存在や私に携わって下さった方々のチカラによって今こうして生きています。

 こうした立場の私が願うことは、日本が脳死医療を真に待機できる国へと進むことだけです。