それから一刻後、与一は件(くだん)の下駄屋の横の茶屋で、ほうじ茶を啜っていた。

食材を扱う店は‘食い物街’に集まっているが、こういった茶屋や飯屋は、いたるところにある。

与一は茶屋の店先で、下駄屋に背を向けて座っている。
露骨に下駄屋のほうを向いていれば、勘の良い輩は、下駄屋を窺っているのに気づく可能性がある。
背を向けていても、与一には下駄屋の様子が、手に取るようにわかるのだ。

辰巳のいる下駄屋は、結構な店のようだ。

見た感じ大店(おおだな)ではないが、客の評判は良いようで、店には引きも切らず人が出入りしている。

どうやら辰巳は、外からの職人ではなく、住み込みの店付き職人のようだ。