張り詰めた空気の中、微動だにしなかった風弥が、不意に藍の視界から消える。
次の瞬間、風弥は藍の背後に。

だが藍は、慌てることなく、後ろから伸びた腕を、するりとかわす。
そして、身を沈めながら身体を捻り、伸ばした手で風弥の首筋を掴む。

「つっ・・・・・・!」

風弥が大きく腕を振って、藍を払いのけつつ後ろにさがる。
風弥の首筋から離れた藍の手には、少しだけ血がついていた。

「素手で動脈をねじ切ろうとするとは。見かけによらず、恐ろしいお嬢ちゃんだ」

「あら。そんな大それた事、実際にできるとは思ってないわ。特に、あなた相手にはね」

藍はひらひらと血のついた手を振りながら言った。
風弥も、少し驚いたようだが、まだどこかに余裕がある。

「ところであなたたちは、御珠がどういうものか、知ってるの? 初めから、御珠狙いでしょう? お蓉さんに近づいたのも、そのためね? 反物街の、風之介さん?」

藍の言葉に、風弥は大げさに肩を竦めてみせた。

「ま、千秋屋のお嬢様に近づくのは、同じ系統の店繋がりが、一番怪しまれなく手っ取り早いからな。そのつもりで店を出したが、なかなかどうして、‘反物街の風之介’は、人気があってな。そう簡単に辞めるわけには、いかなくなっちまった」

話しながらも、風弥は藍に向かって、苦無を繰り出す。