---奉行所まで動かせるのか。こいつは厄介だ---

ぎり、と奥歯を噛みしめる与一に、相変わらず笑いかけながら、風弥は左手で掴んでいた辰巳を、己の前に投げ出した。
辰巳は小さく呻いたが、目を開けることはない。

「・・・・・・やっぱり、お前さんが頭目かい。確か、貿易商のお抱えお庭番・・・・・・」

言いながら、与一は足元に突き刺さっている苦無を蹴り上げ、空いている左手で取った。
先程風弥が放ったのは、この見覚えのある苦無だ。

「まぁな。俺自ら動くことは滅多にないんだが、今回は部下がドジった・・・・・・というより、お前さんらが相手じゃ、生半可な奴らでは、到底敵わん。そうだろ? ・・・・・・殺し屋・藍と、その部下・与一」

「・・・・・・」

「驚かないか。さすが、他の奴らより、肝が据わっている」

与一の反応を楽しむように、風弥は縁側の上から与一を見下ろす。

「そういうお前さんらは? 旦那付きってことは、流しの殺し屋じゃないってことか」

何となく、‘部下’という言葉に違和感を感じながら、与一は切り返した。
風弥は目を細め、与一の左手にある苦無を見つめる。

「今は、な。組織を率いてちゃ、誰かの下に入ってしまったほうが、楽なんだよ。部下を食わしていかねぇとならんしな」

ということは、御珠のために、臨時で雇われたということか。

それにしてもこの男は、まるで世間話をするように、自然に振る舞う。
足元に転がる辰巳の存在など、まるで忘れてしまっているようだ。