「じゃ、頼んだぜ」

言うと同時に、肩を蹴って飛び立って行くから公を見送り、与一はそのまま路地を突っ切り、下駄屋の裏手に出た。
表もはじめより随分人が少なくなっていたし、裏ともなれば、何事もなかったかのような静けさだ。

下駄屋の建物から少し離れたところで立ち止まり、与一は息を整えて、軽く目を閉じた。
四方に神経を尖らす。

ややあってから目を開き、用心しながら、下駄屋の裏木戸に近づくと、そっと木戸を押してみた。
きぃ、と少し軋みながら、木戸が内側に開く。

そっと中を窺い、素早く内側へ身を滑らせる。

辰巳はどこにいるだろうかと考え、二度目に通された作業部屋を思い出した。
初めに通されたのは、主人も使っていた奥の接客部屋だが、三郎太と三人で会ったのは、いかにも作業部屋といった、下駄の材料が転がっている部屋だった。
辰巳の部屋かどうかはわからないが、辰巳が作業部屋として使っているのが、あそこだということは確かだ。

与一は庭を伝って、作業部屋のほうへ移動した。
あれほど与力が出入りしていたのに、今いる店の裏側は、不気味なほど静かだ。

---刺客の気配はおろか、家人の気配もしねぇ---

訝しく思いながら、目的の部屋の前に辿り着き、しばらく様子を窺う。

そのとき、いきなり物凄い殺気が、店のほうから放たれた。

「・・・・・・っ!」

咄嗟に近くの植え込みに飛び込み、身を縮める。
与一が身を隠したのとほぼ同時に、作業部屋の障子が、勢い良く開け放たれた。