「で、誰にも気を許さず、とうとう爆発したってことか。斎王ともあろうお人が、ご乱心とはねぇ」

与一の言葉に、女将は肩を竦めた。

「斎王っていや、未婚の皇女じゃないか。下駄屋なんぞに嫁したおかげで、その資格もなくなっちまったってことじゃないかね。気位の高いお福さんにゃ、耐えられないことだったんじゃないか?」

与一は茶碗を置いて、下駄屋を見た。
そろそろ人の出入りも、少なくなったようだ。

「相談ぐらい、乗ってやったのにさ。ここに来て、茶を飲みながら旦那の不満でもぶちまけりゃ、随分楽になったろうに」

こんな自分の家の目と鼻の先で、旦那の悪口など、ぶちまけられるだろうか。
しかも衆道者で、相手にされないなんて、それこそ気位の高いお福には、とてもできないことだろう。
しかも、こんなお喋り好きな女将に話したら、電光石火の勢いで、辺りに広まりそうだ。

「ご馳走さん。面白い話を、有り難うよ」

与一は立ち上がりながら、懐に手を入れた。
女将がその手を、乙女のように、そっと押さえる。

「もぅ、野暮だねぇ。お金なんざ、いいんだよ」

「そうなのかい?」

咲も負けじと炉の向こうから走り寄り、与一の肩に手をかける。

「その代わり、また是非来ておくれよ。今度はあたしが茶、点ててあげるよ」

「あ、有り難うよ」

何が何だかわからず、引き攣った笑みを浮かべ、与一は茶屋から足早に立ち去った。