「いつもはもうちょっと、ゆっくりしてるんだけどね。今日は下駄屋が騒がしかったおかげで、皆早くに起き出しているようだし、構わないさ。さ、座って待ってておくれ。咲(さき)! お湯、沸かしといておくれ」

咲と呼ばれたのは、女将と一緒に喋っていた、先程の従業員だ。
咲が、店の入り口にある炉に火を入れる。

「変わってるねぇ。店先で煮炊きするのかい」

与一が言うと、咲は炉の向こうから茶道具を取り出した。

「煮炊きは中だよ。これはお湯を沸かすだけ。お客さんの目の前で、お茶を点てて差し上げるのさ」

「ほら、兄さん」

一旦奥に引っ込んでいた女将が、小さな皿に桜の和菓子を載せて、出してくれた。
この一時(いっとき)ほど、食べてばっかりだな、と思い、いくつか口に放り込むと、懐から出した懐紙にも、いくつか包んだ。

---ここで、から公を呼ぶわけにもいかねぇな---

与一はそっと、菓子を包んだ懐紙を、懐に入れた。