「詳しいねぇ。何でそこまでわかるんだい」

感心したような与一に、女将のほうが、ひょいと少し向こうを指差した。

「あたしは、あそこの茶屋の者だもの。この辺のことは、何だって知ってるさ」

女将が示した茶屋は、いかにも昔からありそうな、なかなか風格ある建物だ。
何代目かの女将なら、それこそ地元付き合いが濃いだろう。
自身が言うように、この辺りの情報は、握っていると見ていい。

「ねぇ兄さん。折角だから、店に寄っていきなよ。立ち話もなんだしさ。美味しいお茶、出してあげるよ」

女将が与一の肩に手を置いて誘った。
与一はちらりと下駄屋を見、様子を窺った。

---この分じゃ、すぐには店、開かねぇだろうしな。忍び入るにしても、もうちょっと与力がいなくなってからのほうがいい---

そう考え、与一は女将の誘いに乗ることにした。

茶屋は下駄屋の向かいの、わずか二軒隣だ。
女将と従業員の女性と共に店の前まで行くと、女将はいそいそと店を開けた。

「何だ。まだ開いてないんじゃないか」

がらがらと音を立てて引き戸を押し開ける女将は、てきぱきと動きながら、店先の台に赤い布をかけて、与一に勧めた。