「そのお福さんと職人が、何で揉める? 与力が出張ってくるぐらいの大事(おおごと)なのか?」

独身アピールを無視されたことに気を悪くするでもなく、むしろそういう主張に気づかない鈍感さがまた可愛いと思ったのか、二人はまた積極的に与一の話に乗ってくる。

「何でも、元々お福さんと仲の悪かった職人らしくてさ。お福さんが、しょっちゅう出かけるのも、そいつのせいだって、もっぱらの噂だったんだよ」

「それがとうとう、今朝方、刃物沙汰さ」

「刃物沙汰?!」

与一の驚きように、勢いづいた女性陣は、身振り手振りを加えて熱弁する。

「陽が昇るか昇らないかってときにさ、こう、懐剣を忍ばせたお福さんが、職人の部屋に忍び込んでさ・・・・・・」

「でも職人なんざ、気の荒い輩だからね。お姫様育ちのお福さん一人を取り押さえるのなんざ、訳もないだろうよ。けど、お福さんも必死だからね。もしかしたら、自分も死ぬ覚悟だったのかもしれない。その後はもう、地獄絵図だよ」

どうも話全部を鵜呑みにはできないようだ。
とにかくお福と職人が揉めたことは確かなようだし、下駄屋の職人は何人かいるが、住み込みの職人は辰巳だけだ。
そんな時刻に店にいる職人は、間違いなく辰巳だろう。