下駄屋の近くまで来た与一は、店の異様な雰囲気に、息を呑んだ。
すでに店の開く時刻だろうに、引き戸がぴっしりと閉まっている。
端のほうにある小さな木戸は開いているが、そこから与力らしき人物が、出たり入ったりしていて、何やら物々しい雰囲気だ。

往来を行く人々が、ちょこちょこ固まって、ひそひそと話をしている。
与一はその固まりのうちの一つ、いかにもその辺の茶屋の女将と従業員といった、二人の女性に近づいた。

「何か、あったんかい?」

いきなり話しかけられて、女性二人は驚いたようだが、与一の顔を見るなり、嬉々として喋り出した。

「いやね、何でもあそこの女将さんが、ご乱心なさったようだよ」

「どうやら、職人と何か揉めたらしいね」

口々に言う女性二人に、与一は少し目を見開いた。

「女将さんって、下駄屋の旦那のご新造か?」

「あそこの女将さんったら、それしかいないだろう? 確かお福さんとか言ったかねぇ。娘ぐらいの、若いお嬢さんだよ」

「ありゃ女将さん。あんたは結婚もしてないじゃないか。あたしもだけど」

きゃはは、と笑い合い、何気に独身であることを主張する二人を無視し、与一は話を戻した。