湯に入った藍は、格子のついた窓から空に向かって短く口笛を吹き、から公を呼んだ。

「よいっちゃんの様子を見てきて。どっかの屋台にいると思う。これを渡せば、あたしがまだここにいるってわかるから」

窓辺に留まったから公に言いながら、藍は‘千’の文字を染め抜いた風呂敷を渡した。
から公は、小さくくぁ、と鳴いて、風呂敷を咥えると、ばさ、と飛び立った。


風呂で汚れを落とした藍は、人に会わないよう注意しながら、お蓉の部屋に戻った。
部屋の前で立ち止まり、耳を澄ます。
特に何の物音もしない。

「お蓉さん。入りましてよ」

声をかけてから襖を開けると、お蓉が一人で座っていた。

「ありがとう。さっぱりしたわ」

「良かった。お怪我とかは、しなかったの?」

頷きながら襖を閉め、お蓉の前にちょこんと座った藍は、きょろきょろと部屋の中を見渡した。

「三郎太さんは?」

確か、藍を湯殿に案内したら、戻ってこいと言っていたはずだが。
お蓉は一瞬きょとんとし、少し考えて、ああ、と頷く。

「菊助ね。今、朝餉の用意をしているわ」

三郎太だの菊助だの、ややこしいなぁと思いながら、藍はくんくんと鼻を動かした。
言われてみれば、微かに良い匂いが漂っている。